update info and daily memo ク ラ フ ト マ ン シ ッ プ Sep. / 1999 |
9.1/1999 | ■ 根拠のありか |
▼BBSにて、たいていの人にはメンドウなだけの話が(おもに管理者によって)続けられております。ゲームの話題でなくてスイマセン。
ちなみに、僕が「無根拠」というのに(たぶん)人一倍こだわるわけの一つとしてあるのは、「ゲームの感覚」というのをそういう「無根拠」な考え方から描き出せるんではないか、という妄想をいだいておるからです。今のところはそう書きとめてみてもそれ以上何の意味もなしませんけど。
▼そういえば、先先行ロードショウというやつで話題の「マトリックス」を観てきました。なんというか、信じられないくらいシッカリと面白かったですよ。
「マトリックス」についてどう言おうか、というのを考えていて思い当たったのは「飛行機のそれではないスピード感」という言葉でした。ここで「飛行機のスピード感」というのは、直線的であったり、(マクロな意味で)等速的であったりする「スピード感」を指すわけですが、オレたちがゲームなりアニメなりで感じていて見たいと思っているのは必ずしもそういうのじゃねえよな! というウォシャウスキー兄弟の思い入れには、「おうよ兄弟!」と答えたい気分です。
何年か前の映画「バーチャルウォーズ」が仮想空間というものに対して「飛行機のスピード感」しか提出していなかった(実は観たことないのですが、CMなどの印象ではそうでした)のを考えると、技術的にもイメージ的にも隔世の感があります。
9.6/1999 | ■ それはただの気分さ |
更新情報 |
◆external linksに新規リンクを投入。 |
▼ベッド(キャスター椅子を三つ並べたタイプの)から、とりあえずにでも起きてみる、寝覚めの悪い朝(というか、寝たのも朝)。
そんな頭でなにかできるわけもなくて、時計がわりで傍らにあるポケステを手にとって、ぽちぽちと触る。と、ホチキス(僕のポケピ犬)が「きゅうなはなしなんだけど…」ときりだす。
ああそういうことか、と思った。ポケピが帰ることに驚いたんじゃなくて、そういうことを突然言われる感じに覚えがあったからだ。おととしの夏の終わりにあった、ある人にまつわる忘れてはいけない出来事を、それでも自分はどうしても忘れてしまう。去年の同じく今頃、僕は自分の車のバッテリーがあがっていることに気付いて、やはり、ああそういうことか、と思っていた。忘れてはいけないことも、それを「忘れてはいけない」ということも、僕は簡単に忘れてしまう。結局のところ、「忘れてない感覚」を、だれかにこつんと後頭部にでもぶつけてもらわなければ、「忘れてないふり」をすることも難しいんだ。この夏僕の後頭部にその感覚をぶつけたのは、ほかならぬポケステの中の忠犬ホチキスだった。
そんなことも含めて、ホチキスが来て帰ったことも覚えていようとは思うけど、でもきっと忘れちゃうよな、というようなことを考えながらその日は帰って、ホチキスを見送ったよ。
▼次は猫くんが来ることになりました。名前は「アルミ」。
9.14/1999 | ■ ネームスペース |
▼クタラキ社長には失望しました。ぜったいカッコイイ名前を付けてくれると信じてたのに。
「エモーションエンジン」と「グラフィックシンセサイザ」が搭載されたマシンが単なる「プレステツー」だなんて! 水無月情報で「開発コードは『PSY』」とか見たときはさすが(ESP研究所でゆうめいな)ソニー!(ていうかSCE) と勝手にいろんな妄想してたんですが、結局常識的なセンになったんですね。嗚呼、嗚呼。
あとデュアルショック2は是非ともスタート/セレクトボタンもアナログ化してほしいです。
9.22/1999 | ■ 直観性 |
▼当サイト「dotimpact」は2周目に入りました。撃ち返し弾とかに気をつけたいと思います。
▼「プレイステーション2」というネーミングについて、上位互換の直観性を考えると他の名前はあり得ないという意見がありまして、そのとおりだと思うんですが、dotimpactはそこでこう主張します。「その結果が『プレステツー』だというなら、そんな互換性なんていらない!」
あいわらず「プレイステーション2」というネーミングは好みではありません。だからどうしたということもないんですけど。ちなみに「老人力2」というネーミングは好みです。
あと、PS2を「ぷに」と呼ぶのはどうか、というハナシをとある掲示板で読みました。これはもしかしたら流行ってしまいそうなので、ここに助長しておきます。
9.24/1999 | ■ テンションコントロール |
▼BBS for L.C.A.への書き込み(サイキ日記9/22記述へのフォロー)をこちらにも。最近こんなんばっかですが。
家庭用のつくりでは「極めよう」という心が生じにくいのはたぶんその通りでしょうけど、そもそもそのような目標設定とは別の楽しみかたを打ち出すためにたとえばセーブやらコンティニューやらが発達したんだと思いますよ。つまりゲームが「ワンコインクリアしてみろ」と挑発してないんだから、ゲーマー魂がうずかなくても不思議ではないです。
一度クリアしておしまいというのはまた別の問題だと思いますね。コンシューマのゲームはクリアして電源を切った時点、という確実な「終わり」がありますけど、アーケードの場合はクリアしてもそういう「終わり」がおとずれない。アーケードゲームが「終わる」のはそのゲームがロケーションから消えたときだ、というとゲーマーの人には納得してもらえるでしょうか。
これはたぶん「じぶん」に対して「ゲーム」がどこにあるか、というような問題で、アーケードゲームという「ゲーム」は「じぶん」とは別のところにしかあり得ないので、プレイヤーは「じぶん」の中に「ゲーム」を自家生成することになる。プレイヤーが「じぶん」の中の「ゲーム」をクリアしても、あいわらず「じぶん」とは無関係に「ゲーム」が存在するから、常にそのような緊張が発生するんじゃないでしょうか。
そしてやはりおそらくだけど、コンシューマゲームというのは、「じぶん」の外の「ゲーム」との対応関係から「じぶん」の中に「ゲーム」を生成するというプロセスがない。コンシューマゲームというのは自分で買ってきたり自分で電源を入れたりということからして、自分が「ゲームしよう」と思わなければ絶対に始まらない。「じぶん」の中にしか「ゲーム」があり得ないという意味で、アーケードゲームとは正反対なんではないかと。これだと、「じぶん」の中の「ゲーム」をクリアした時点で、「ゲーム」そのものが消えてしまう。
やあ、ウサンクサイ話になりました。
aciくんに試してみてほしいのは、たとえば「ヨッシーアイランド」に専用マシンと専用ディスプレイを用意して、それに電源を入れっぱなしにしておく。それこそ出かけるときも。そうするともしかしたらアーケードゲームのように「ヨッシーアイランド」がプレイできるかもしれない。どうでしょう。
冗談ではなく。
9.30/1999 | ■ H e l l o {/] |
▼書店で「あ、今日だと新しいゲーメスト出てるな」と思ったことをここに記しておきます。
▼あとポケステの電池が切れたので交換しましたよ。僕にとってポケステはもう持ってないと時間がわからなくなるくらいの必携品です。ちなみに今いるのは宮本茂(は入らないので『みやもとサン』と入力)と伊藤ガビンにラヴらしいウサ子。名前は「シロップ」。