二重螺旋2

 第一層はセントラルタワーのある中心部から外れるにしたがって、意外と雑然とした町並みになっている。中心部はマザーによる区画整理が行き届いているが、外縁部に行くにしたがって、区画整理も行き届かず、マザーの管理からも外れてしまう。マザー側市民権を持っていても金のない者は、こんなところに住むしかないといったところである。中にはマザー側市民権を捨てて第二層へと移り住んだり、もっと金のない者は第三層の廃棄処分場にひっそりと住んでいると言う話だ。ヒューイは、中心部から外れた治安の悪い場所に住んでいた。中心部に近いところに住む金が無かった訳ではないのだが、もともと第二層出身の彼が中心部に住むことは、あまり気分の良いことではなかった。なぜなら彼は、第一層の人間が大嫌いだったのだ。

 第二層の出身でありマザー側市民権を持っていなかった彼は、本来ならモタビア大学などというところで研究などできるはずはなかった。しかし、彼の住んでいた第二層のD地区がマザー受け入れの決定をしたため、特別奨学生として、モタビア大学に入学することができたのだ。もちろん、特別奨学生に選ばれるだけの頭脳があったことは言うまでもない。しかしモタビア大学に入学した彼は愕然とした。第一層出身というだけで才能も無い学生が、当然の顔をして研究に従事していたのである。それでもニ年前の バイオハザードが起きるまではまだましだった。モタビア大学には優秀な研究者も沢山いたからだ。しかし、その優秀な研究者のほとんどがバイオシステムで研究をしていたため、あのバイオハザードによって皆この世からいなくなってしまった。そのため、政府からの発表を追及する者も現れず、バイオシステムは閉鎖され、現在まともな研究もできない状態となっているのだ。

「うみゃあ!」

 外縁部の雑然とした町並みを自分の家に向かって歩いていたヒューイは、自分の足元を歩いていた 二匹の猫のような動物の鳴き声に、ふと我に返った。流石に徹夜の疲れが出ているのだろう、 頭がはっきりしているとは言い難い。

「どうした?ミャウ、ミュウ?」

 猫のような動物は、長く柔らかな金色の美しい毛並をしていた。大きな目は碧色に輝き、聡明な光をたたえている。猫と明らかに違う点はピンと尖った長い耳とふさふさの先端が別れた大きな尻尾で、 その先端の体毛は薄い茶色に変わっていた。この動物は数年前、ペットとして飼育することが流行した、 ジャコウネコという種である。本当のジャコウネコは既に絶滅した種であったのだが、記録に残っていた 情報から、数種の動物の遺伝子を組み合わせてジャコウネコによく似た愛玩動物を作り出したのである。 よって、現在ペットとして飼われているジャコウネコは、昔存在したと言われるジャコウネコとは別のものである。伝説によるとジャコウネコはパルマ語を解したという話だが、本当のところは分かっていない。現在は動植物の精神波の感度を高める帽子というものが売られており、それをかぶることによって、 あたかも動物と会話をしているかのような気分になれる。

 ヒューイは立ち止まると、その場にかがみこんでミャウとミュウの様子をうかがった。二匹とも碧の瞳が赤色に変わり、長い耳とひげがピンと張っている。

 ヒューイは自分の進行方向に向かって、声をかけた。

「そこのビルの陰に隠れていらっしゃる方、出てきてはどうですか?」

 しばらくの沈黙の後、ビルの影がごそりと動いた。

「ちっ、気が付かなけりゃ、楽にあの世に行けてものを。全く馬鹿な奴だぜ。」

 ビルの影の中からから出てきたのは、大男であった。はちきれんばかりの筋肉を黒い革のスーツが 覆っている。金属のような素材で作られた胸当てと肩当てが太陽の光を反射する。手には長いソードが 握られており、宗教の勧誘やアンケートのお願いに現れたのではないことはよく分かった。

「あなたのような筋肉で物を考えてる器用な方に、そのようなことを言われるのは心外ですね。」

 ヒューイは蔑むような視線をその男に送りながら、ゆっくりとその場に立ち上がった。第一層の外縁部では、昼間でも追剥や強盗が跋扈する。日常のヒトコマといったところだ。

「とりあえず、あなたの小さな脳みそでも理解できるように簡単な言葉で教えてあげますが、 私は金は持ってませんよ。」

 相手を逆撫でするかのような言葉で、ヒューイは続けた。

「本来なら、私を狙ったことをあちらの世界で後悔させてあげるところなのですが、今日は気分が すぐれません。早々に立ち去って下さい。」

 冷ややかな目のままヒューイが言いきると、男は、嘲るように笑った。

「ふははははは。この俺様が、貧乏臭そうなお前の財布なんかを狙うわけないだろう。俺様はさる方の依頼で貴様の命をもらいに来たのよ。ひ弱なくせに偉そうな口ききやがって、あの世で後悔するのはお前の方だぜ!」

 ヒューイの言葉に逆上した男は、ソードを構えると、一気に間合いを詰めた。

「ミャウ!」

 ヒューイが鋭い声で名前を呼ぶと、ジャコウネコの片割れがヒューイと男の間に割って入った。

「シャアアア!」

 ミャウが気合とともに男めがけて飛び掛る。

「ははは!ペットなんぞにやられるか!」

 男はミャウの動きに合わせると、ソードをミャウめがけて振り下ろした。

「ミュウ!」

 続けざまにヒューイが叫ぶ。もう一匹のジャコウネコがミャウに合わせて飛ぶとミャウとミュウは互いの体を利用して空中で進路を変更した。

「何?!」

 男の目の前から消えた二匹は、再び地面を利用して男に襲い掛かった。

「うわっ!」

 思いもかけない角度から二匹の攻撃を受けた男は、両の腕を目の前で交差すると、自分の顔面を防御した。その腕に二匹の牙の跡が残る。

第一次攻撃を終えた二匹は、ヒューイの足元に戻った。

「それでは、失礼しますね。」

 ヒューイは男に声をかけると、踵を返した。男はヒューイの行動にあっけにとられながらも、

「何を考えていやがる!そんなペットの攻撃で俺様がやられるわけねえだろ!馬鹿にしやがって!!」

 いきりたった男がヒューイめがけてソードを振り下ろそうとした時、男の表情が一変した。

「ぐ…な、何しやがった!?毒か?」

 男はたまらずその場に崩れ落ちて片膝をついた。

「毒?まあ、あなたの頭脳レベルじゃ説明してもわからないでしょうから、毒と思っていただいて 結構ですよ。」

 ミャウとミュウはヒューイが作った遺伝子組替え体である。この二匹は様々な遺伝子を運び屋DNA(ベクター)に組み込んで、生物の体内に送り込むことができる。今回この男に送りこんだのは アポトーシスを引き起こす遺伝子である。この遺伝子によって男は自分自身の細胞を自分自身で 殺すことになってしまったのだ。

「が…く、くそう。お前も、お前も道連れにしてや…る!」

 男は最後の力を振り絞ると、ヒューイめがけてソードを投げつけた。ヒューイは自分めがけて 飛んでくる物体を見詰めたまま、どうすることもできずに立ち尽くした。

 次の瞬間、耳障りな嫌な音が鳴り響くと、ヒューイめがけて飛んできたソードは、ヒューイの足元に激しい音をたてて墜落した。その横にブーメランのような形状をした物体が軽い音をたてて、 地面に突き刺る。それはスライサーというもので、カウンターハンターがサブの武器としてとして 好んで使うことが多い。

「!?」

 ヒューイと死にかけた男は、一斉にヒューイの背後に目を向けた。そこには、美しい金髪の女と、 青い髪の男が立っていた。そう、カウンターハンターのアーミアと、カウンターハンターオフィサーである。

「くそう…じゃまが入ると…は…。」

 男は静かに地面に突っ伏した。

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更新日:2003年9月8日
管理人:CHI