二重螺旋2

「ですから、登録証を忘れてきてしまったのですわ。」

 ここはパセオ第一層セントラルタワー一階にあるカウンターハンターオフィスである。 カウンターハンターの登録から、対カウンターハンターの雑務をこなす部署であり、セントラルタワーに 勤める人間は、必ず「あそこだけには回されたくない」と言うという。

「えっとですねえ、登録証さえ持っててくだされば、その場でカウンターの確認と賞金の振り込みが できるんですよね。カウンターの死体をそのままここに運ばれても、こちらとしては処理に困ってしまう訳ですよ。」

オフィスの机に腰をかけていた男は、目の前の女の行動にうんざりしたような表情を浮かべ、必死に説明を繰り返していた。

 男は、青い髪の毛を短くまとめ、額にかかる髪の毛をバンダナでおさえている。薄いレンズの入った眼鏡をしており、インテリ風にも見えなくはないが、青いスーツに包まれた均整のとれた体付きは、頭でっかちな役所勤めの男とは思えない。対して女の方は、腰まで届く美しい金髪、見る者に畏怖さえ与えてしまう整った美しい顔は、右半分が髪の毛に隠れている。青いレザースーツに胸当てと大きめの肩当を付けており、いかにもスピードが売りのカウンターハンターという印象を与える。

「初めてならまだしも、これで何度目ですか、アーミアさん。」

 女の名前は、アーミア・アミルスキー、凄腕のカウンターハンターである。誘拐の交渉といった 人質がいるような不利な状況での事件解決を得意としている。

「さあ、私一度も登録証を持ち歩いたこと、ありませんの。」

アーミアはさらりと言ってのけると、ふと入り口に目をやった。目の前の男の顔に一瞬、冴えない公務員のそれとは違う光が宿ったのである。セントラルタワーの入り口からはちょうど一人の男が入ってくるところであった。ひ弱なインテリ風の男は危険人物と言う感じではない。そう、セントラルタワーに入ってきた男は、遺伝子研究施設で論文を読んでいた男であった。結局、論文にのめりこんでしまった彼は、昼近くにやっとセントラルタワーにやって来たのである。アーミアは背中でその男の様子を伺いながら目の前の青い髪のオフィサーに目を戻した。既に男の顔は冴えない公務員のそれに戻っていた。

「すみません。特別奨学制度の更新手続きに来たんですけど。」

入り口から入ってきた男は、カウンターハンターオフィスの隣にある受付窓口に行くと、IDカードを 提出していた。

「ヒューイ・リーンさんご本人ですね?確認いたします。」

 男の名前はヒューイ・リーン。柔らかな短い黒髪に、先の細い顔立ち、厚い眼鏡と、いかにも学者といった雰囲気である。彼はモタビア大学遺伝子研究所の研究生で、専攻は遺伝子工学である。主に動植物の遺伝子操作を行っていたが、バイオシステムが閉鎖されてしまってからは、あらゆるDNAデータへのアクセスができなくなってしまい、研究らしい研究も行えないのが現状である。アクセス不能となった 膨大なDNAデータは再びゲノムプロジェクトが組まれ、分析し直されているが、完全に復旧するのは まだまだ先の話である。

「更新手続きを完了いたしました。ではまた来月、更新手続きにいらして下さい。」

 オフィサーからIDカードを渡されると、彼は、出口の方に歩き出した。そして、相変わらず口論を続ける青い髪のオフィサーとアーミアに向かって「野蛮で学のない人間はこれだからな。」と、冷ややかな視線を投げかけると、黙ってセントラルタワーから出ていってしまった。その後ろを、セントラルタワーの前で待っていたのか、小さな猫のような動物が二匹追いかけていく。

「あらあら、随分とばかにされたものですわね。で、彼がどうかしましたの?顔付きが変わりましたわよ?」

 アーミアはセントラルタワーから遠ざかっていくヒューイを見送りながら、肩越しに青い髪のオフィサーに尋ねた。

「別に。少々見知った顔でしたものでね。さて、申し訳ありませんが、今日はもうカウンターハンターオフィスは終わりですよ。今日は私、半休なんです。今回だけは大目に見て賞金を振り込んでおきますけど、今度からは登録証を持ち歩くようにして下さいね。」

 青い髪のオフィサーは、隣の受付窓口にいる女性に、後はよろしくと声をかけると、そそくさと外に向かって歩き出した。それを嬉しそうに眺めていたアーミアは、

「それを言うなら、今回も、でしょう?」

と男の科白を訂正すると、彼の後ろにしたがった。

「あのー、ついてこられても困るんですけど」

 男は困った口調のわりには、平然とした顔で文句を言った。

「何かは分かりませんが、お金になりそうなんですもの。」

 二人は、並んでセントラルタワーを出ると、第一層の外縁部へと歩き出した。

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更新日:2003年9月8日
管理人:CHI