「はいー!?」
完全に狼に気をとられていた香子を健が抱えて横に飛び退く。ついさっきまで香子が立っていた地面に木の枝が何本も突き刺さっていた。
宙を飛ぶ狼の手が、大木の中に何の抵抗もなく滑り込んで行く。香子と健はその非現実的な光景を あっけにとられて見つめていた。次の瞬間、狼の手は大木の中から透明に輝く小さな玉を掴み出して いた。さっきまで動物のように動きまわったいた大木が、その場で動かなくなる。
「…繁ちゃん!!」
香子と健が見事にハモった。いつの間にか狼に近寄っていた繁良が、彼の手に蹴りを放ったのである。
「つっ!」
狼の手から方丈が飛び、弧を描いて地面に落ちた。その瞬間に、繁良と狼も地面に着地した。手首を さすりながら、
「乱暴だねえ、シゲフミ君。」
と、狼は挑発するかのような態度で繁良に向かい合った。その言葉にペースを崩されたような様子 もなく、
「あなたは一体…何者ですか?」
と繁良は尋ねた。張り詰めた緊張を全く感じていないかのように、狼は笑うと、すばやく方丈を 蹴り上げた。一瞬、繁・香子・健の視線が空中の方丈に行く。
「そいつは君達にあげるよ!またな!」
3人があっと思った時には、狼は大木の枝からブロック塀の向こうに消え、バイクのエンジン音が 響いた。どうやら彼はバイクで逃げて行ったらしい。今までの経験から追跡が不可能であることは、 三人には分かっていた。
「でも方丈を持ってかれないでよかったねー、繁ちゃん。」
健が繁良に向かってそう言うと、繁良は冷たい視線で健を見、
「その方丈、壊れてますよ。だから置いていったんですよ、彼。」
と平然と告げた。
「げえええ!ほんとだあ、ひび入ってるよお!」
割れた方丈を見て嘆く健と香子の後ろで、ブロック塀の向こうを見詰めながら、繁良は呟いた。
「…彼も方丈の位置が分かるのか…?」
しかし、健と香子はその呟きに気が付くことはなかった…。
冬の太陽は既に西の山に沈みかけていた。
GAME OVER