二重螺旋

 前を行く男は、裏通りに向かっていた。人通りが少なく、明かりがない所に向かってくれるというのは、後の男にとっては有り難い限りであった。前を行く男は筋肉質な中年男で、酒を飲んだ帰りである。その後を気配すら感じさせずに歩いているのは、若い男であった。短い青い髪を額あてでおさえ、青い服に軽鎧をつけている。顔のつくりは悪くない、というよりは良い方なのだが、その顔には人間らしい 表情が見当たらない。この男は前の男を追って店を出たのだ。ちょうど前の男が店を出たすぐ後に、 若い女が店を出たのだが、違う道にでも入ったのだろうか、彼が外に出た時には影も形も見当たらなかった。仕事の邪魔になるようだったら、一緒に切り捨ててしまうつもりだったのだが、いなくなってくれたのは手間が省けて助かる。若い男は、腰のエネルギーソードに手を掛けた。前の男と距離的にはかなりあるが、一気に走りよるつもりであった。と、その時、前の男の頭が不自然に後ろに傾いた。何かを感じた後の男は、ソードに手を掛けたまま一気に距離を詰めた。それは常人離れした、恐ろしい速さであった。前の男のそばまで来た時、彼の頭の奥にひやりとした緊張が走った。

「!」

彼は一瞬で足を止めると、懐から一本の携帯蛍光スティックを取り出し、地面に投げ付けた。地面に落ちた衝撃でスティック内のしきりが壊れ、蛍光蛋白質とその基質が混ざり合い辺りを青白く照らした。

「ワイヤー!?」

そこの路地には非常に細いワイヤーが張り巡らされており、そしてその真ん中には、彼が殺すはずだった男が倒れていた。正確に言うならば、男だったものが何体かのパーツに別れてころがっていた。 それを確認すると彼はすぐに上空を仰いだ。路地の横には汚らしい背の低いビルが立ち並び、空には 人工の星が輝いている。そこを金色に輝く何かが飛んだ。

「女か?」

それはビルの上から飛び下りてきた長い金髪の女であった。かなりの高さから下りてきたはずなのだが、彼女は軽々と着地すると髪を後ろにはね上げた。彼女の髪からは、甘い香がうっすらと感じられた。 それは香水のような人工的な香ではなく、なんだか懐かしいような安らぐような香であった。その匂いが かすかに男の鼻をくすぐると、苛立ちにも似た感情が彼の心の中を走った。その感情が何を表しているのか、今の彼には分かるはずもなかった。青白い携帯蛍光スティックの光に照らされた女は、メリッサその人であった。

「ぼうやには悪いですけど、この方の首は私がいただきましたわ。」

と言いながらメリッサは、死体の脇に落ちていた美しい首飾りを拾い上げた。一瞬懐かしいような悲しいような表情をすると、それを首にかけた。その作業を黙って見つめながら、男は

「俺の仕事はそいつを始末することだ。そいつが死にさえすれば、俺はかまわん。」

表情も変えずにそう言い切ると、更に続けた。

「・・・しかし、もう一つ仕事が増えた。お前は、異能者だな。すぐ答えろ、政府に登録するか、 それとも死にたいか。」

相変わらず変化しない男の表情を見て、メリッサの背中に冷たいものが走った。しかしそれをおくびにも出さず、彼女は答えた。

「なるほど・・・、エージェントですか。私、政府の人間、特にエージェントは大嫌いですの。 すぐに目の前から消えていただけるかしら?」

冷たい空気が両者の間に流れた。

「では・・・死んでもらおう!!」

と言うと同時に、男は凄まじい速さで腰のエネルギーソードを抜きはなった。その速さはメリッサの予測をはるかに超えており、彼の暫撃に吹き飛ばされたワイヤーが彼女に襲いかかった。

「くっ!!」

上空に跳んでかわしながら左の肩あてを右手で外す。肩あては勢いよく真ん中から開くとその先端から片側に長い棒状の柄が、もう片側からはレーザーの刃が飛び出した。

「後ろかっ!?」

空中で既に彼女の背後にいた男は無表情のまま、ソードを振り下ろす。メリッサは両手で柄の端を 握りしめると勢いよく男のソードを横へ弾いた。お互いのレーザーが激しい音と光をあげた次の瞬間、 二人は地面に着地した。それと同時に、メリッサは右の肩あてを外した。今度は両側からレーザーの刃が 出てくる。レーザースライサーだ。彼女はそれを男に向かって素早く投げた。男はそれをすっとかわすと、彼女に詰め寄った。と、背後から何かが近付く気配を感じ男は横に飛び退いた。後ろから男に襲いかかったスライサーはメリッサの手におさまった。男は少し驚いて彼女を見た。スライサーは様々な方法で遠隔操作が可能だが、それを妨害する物も数多く作られている。エージェントである男の服には当然のことながら種々の妨害装置が仕込まれており、彼の近くでの遠隔操作は不可能なはずなのである。つまり彼女は、政府の知らないテクノロジーで遠隔操作を行っているか、職人芸的なスライサー投げの技術を持っているかだ。

「腕か・・・」

男はそうつぶやくと、ソードを再び構え直した。それを見つめるメリッサには周りの温度が急激に下がったように感じられた。冷や汗が頬を伝って地面に落ちる。今までの攻撃は彼女にとっては精一杯だったが、男は呼吸も表情も変わっていない。

「!! 分身!?」

次に男が動き出した時、彼は三人に分かれていた。凄まじい速さで動き、残像をあたかも分身のように見せる。異能者ならば使える者は多いが、三つ身分身の使い手を見たのはこれが初めてである。 「かわせない!!」彼女は死を意識した。脳裏に閃光が走り、心臓が鷲掴みにされたかのように縮こまった。次の瞬間、彼女の閉じた目の裏には、電磁シールドとレーザーが、激しく干渉し合って発する光が映り、耳には、シールドが砕け散るけたたましい音と骨が砕ける鈍い音が届いた。辺りには、蛋白質が 焼け焦げる嫌な臭いが、漂っていた。

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更新日:2003年9月8日
管理人:CHI