feedback traces from videogame playing シ ン ク ル ー チ ン release : 2.24/2002 | update : 2.24/2002 |
■
『ヘラクレス』
大兜虫
Hercules Giant Beetle
▽ロックが焼き切れた。エルウィンはドアを蹴破って、温室
内に進入した。ハビエルが援護しつつ、それに続く。アー
マーを着ないと危険だ。声をかけたが、遅かった。
▽■DT Loads of Genomesというゲームのストーリーは、公式には二人の主人公をめぐる物語、ということになっているようだけれど、じっさいにはさらに194人(?)の主人公と、その世界をめぐる物語とが、存在している。
■というのは、このゲームに登場しカードバトルに使用される「DT カード」と呼ばれるバトルカードには、『ホワイトタイガー』『サイエンティスト』『ヒーリング』『ファイヤーシールド』、といったいかにもバトルカード然としたものから、『ジョシコウセイ(女子高生)』『プロボウラー(プロボウラー)』『ハト(鳩)』『ユゲ(湯気)』、といったいかにもバトルカード然としないものまでの(マニュアルに説明されている限りでは)全194 種類があるのだけど、これらカードにはさらに、それぞれのユニットや特殊技能の背景や関連人物を語るみじかい物語が付属しているのだった。プレイヤーはカードを入手するとそのカードに付属する、そのカードをめぐる物語を「ハイパーテキストモード」と呼ばれる本編のストーリーモードとは別のモードで閲覧することができる。さらにそれぞれのカードの物語に登場する専門用語や固有名詞の多くは、その用語を解説するテキストへとリンクされているのであり、その解説に登場する専門用語や固有名詞は、さらにその解説を示すテキストへとリンクされているのであり、それらの膨大なテキストに設定された世界のぜんたいが、いわばDT Loads of Genomesそのものなわけだ。
■つまり冒頭のとこにひっぱった文章こそは、DT カード『ヘラクレス』の入手後、ハイパーテキストモードで閲覧することができる物語の最初の1ページなのだった。ご覧の通りである。このカードの物語を開いて目にしたとたん、僕がなんだかすごくうれしくなってしまったのだけど、それはその冒頭がちっとも僕の知っている『ヘラクレス』的ではなかったからで、しかも、にもかかわらす、DT Loads of Genomesにおける『ヘラクレス』がどういうものかも同時に理解できた気がしたからで、さらにもしかしたら「ハイパーテキストのゲーム」の可能性をちょっと感じたからからかもしれない。
■「コンピュータゲームに『フィクション』を感じることというのは、じつはすごく珍しいんじゃないかな」というようなことを、このゲームの第一印象として僕は書いたことがあるのだけど、この印象はゲームをクリアしてもその後プレイを続けていてもあまり変わっていないし、その「フィクション」らしさというのは、このゲームのいちばんおもしろいところなんじゃないだろうか。さっきも書いたとおりこのゲームのテキストには用語と解説、人物とエピソードをつなぐハイパーリンクがはりめぐらされていて、じっさいこのゲームは「世界をハイパーリンクで構築しているゲーム」というように紹介されることが多い。たしかにそれはそうなんだけど、このゲームのおもしろさとしての「ハイパーリンク」については、もうちょっと説明が必要だと僕は思う。どういうことかというと、DT Loads of Genomesの世界のハイパーリンクの大部分は、この世界のための造語とか、ストーリーに登場する虚構の人物名に関するものなんだけど、なかにはそうではなくて、われわれがよく知っている一般名詞や固有名詞に関するものがあり、しかもその「われわれがよく知っている一般名詞や固有名詞」に関して、虚構の記述(とか一般的に流通する印象とはかなり異なるエピソード)の記述がかなりの割合で存在するのだった。最初に書いた『ヘラクレス』のエピソード冒頭なんかから想像してもらえるように、知っているものだと決めてかかると面食らうような記述が随所にある。さらにいうと「われわれがよく知っている一般名詞や固有名詞」そのものの(言わずもがなでほとんど意味のない)解説すらも多数用意されていて、たいへん始末に困る。そして当然ながら、その「ハイパーリンク」がどういった性質のものなのかは、カードを入手しその物語を開きリンクをジャンプしてみなければわからないのだ。
■ちょっとアレな言いになるけど、虚構と虚構、事実と事実のあいだに張られるハイパーリンクをいわば「横糸」だとすると、このゲームはそれに加えて、われわれの知っている『ヘラクレス』とDT Loads of Genomesにおける 『ヘラクレス』とを、われわれの知っている「女子高生」と「ジョシコウセイ」とを、我々の知っている世界とDT Loads of Genomesの世界とをとても緊張感を高めるかたちでむすびつける、いわば「縦糸」のリンクをつくることに成功しているのだと僕は思うのだ。現実と虚構との間のハイパーリンクである「縦糸」によって、虚構と虚構を連絡する「横糸」のハイパーリンクの現実感が支えられているわけだ。DT Loads of Genomesというゲームが多分に「フィクション」を意識させるのだとすれば、そういった構造にあるんじゃないかと、僕は考えるのだ。
■ハイパーテキストにおける「ハイパーリンクのジャンプ」というおこないでおもしろいのは、そのジャンプという「アクション」をプレイヤー自身が行うことによって、ジャンプ前のテキストとジャンプ後のテキストの関係というものを、どうやらかなり強力に「信じてしまう」ことなのかもしれない。だとすれば虚構がそれに乗じない手はないのであって、あるいは今までのハイパーテキストというのは行儀が良すぎたのだともいえる。少なくとも、ボタンを押させることでプレイヤーを別世界に誘うべきコンピュータゲームと呼ばれるものにおいては、むしろその「ウソ」を積極的に利用するべき、なのかもしれない。