私は、閉じた右手をじっと見つめながら、先ほどの出来事を反芻してみた。
遺跡のこれ程奥までやってきたのは今日が初めてだったのだ。しかし、以前に遺跡の第一エリアまでは来たことがあったし、実際第一エリアをクリアするまで不安すら感じなかった。だが、第二エリアに入ったあたりで事態は一変した。誰かに見つめられているかのような、妙に落ち着かない気分に襲われたのである。私は胸の奥をちりちりするような不安を押し殺したまま、黙々と先を急いだ。硬質の壁が青く光っている通路を抜けた途端、私は目の前の光景に言葉を失った。
今までに見なかった程の、大きな部屋だったのである。
私は、暗く高い天井を見上げ、込み上げる驚きと不安に一瞬寒気を覚えた。果てがないかのような錯覚に襲われたからである。私は、無造作に伸ばしたくすんだ金髪を左右に軽く振ると、視線を正面に向けた。
「人がいる…?」
目の前は霧なのだろうか、白く霞がかかっていたが、その向こうに、人が立っていたのである。格好からするとフォマールだろうか。自分以外の人がいた安心感と、気配を感じなかったことに対する不安感が一瞬交錯する。私は、無言のまま、彼女に歩いて近付いて行った。
「…に…あなた、誰…?」
私が歩いてくるのに気が付いた彼女は、虚ろな目で私を見つめながら、こう聞いてきた。頭にフィットした帽子をかぶり、長いローブを着込んでいる。まさしく、フォマールである。私は、簡単に助けに来た旨を彼女に伝えた。
それを聞いた彼女は、自分の体験した出来事を話し始めたが、かなり錯乱気味であったと言わざるを得なかった。その時点では。
「ここは…そうだ、みんな倒れて…それで…あの声が頭に…うっ……私達が来た時には、調査隊の姿はなくて…一人が突然操られたかのように…ここより下よ。何か声が聞こえたの……ちょっと、あなた聞いてる…?」
私は、目の前の彼女の話を上の空で聞いていた。そう、第二エリアに入った時から感じていた違和感が、形をとって私の後ろに近付きつつあったのである。鋭い視線が私を背後から射すくめる。私は振り向きたくても振り向けない状態で、その場で固まっていた。
「…オマエ、力…ダ…チカイ…コ…イ……マダ…フカイ……シン…カス…… ル…」
彼女も何かが近付いてくるのを感じたのか、頭を抱えながら何かを叫んでいる。
「…ヒューマン…許ス…ノカ…?オ前達ハ、作リダサレルコトヲ、望ンデイタノカ…?」
何者か分からない気配は、私に語りかけてきていた。いや、これは私の心の中の声だった。
「もう私たちのような悲しい存在を作り出さないで!」
私は、絶叫していたかもしれない。目の前のフォースも同じように何か叫びながら私に向かってウォンドを振り下ろす。私は、願いが叶えられなかった絶望を、目の前の彼女に、いや、全ヒューマンにぶつけようと、右手に持っていたスライサーを構えた。フォマールのむやみな攻撃を軽いステップで右へかわす…と、軽い金属音が響いた。私は、その金属音を追い、自分の胸元を見た。美しい女性の横顔をかたどったペンダントトップが、鎖が切れて空中に飛んでいくのが、ストップモーションのように目に映った。
「お・か・あ・さ・ん……」
このペンダントは私が引き取られた時には、既に身に付けていたという話を聞いている。おそらくは母の形見なのだろう、そんな気がしている。だが、母の顔すら覚えていない私に思い浮かぶのは、育ての親の顔だけであった。